持田屋旅館 女将

強い女性像

なぜ持田屋の女将がようせいさんと呼ばれるに至ったか。
それは彼女の壮絶な半生を知らずして語れない。

 

【以降ようせいさんに聞いた話をまとめます】

 

ようせいさんはかつて京都で
幼稚園の先生として働いていました。
彼女のおせっかい気配りは
そのころから培われてきたようです。

 

しかし、運命は彼女の意思とは無関係に動き始めます。

 

ようせいさんにも縁談の話が来たのです。
そのため、島根に里帰りしました。

 

親曰く、「特に問題のない男性」
が見つかったから、早く結婚しろと。

 

今の時代でしたら
「人畜無害で特に欠点はない異性」
を見たら、スルーする人が大半でしょう。
無理に結婚する理由がありませんから。

 

ですが、ようせいさんの時代では
残念ながらそれが許されませんでした。

 

結婚しない=何か(人に言えない)事情がある
と考える風潮が当時は主流で、親以外にも
周囲からのプレッシャーが半端無かったそうです。
「なぜ結婚しないのか意味がわからん」、と。

 

それでもようせいさんは周囲に屈しませんでした。
島根に帰ってきてしまったので
もう幼稚園勤務は諦め(需要がない)、
覚悟を決めて旅館を継ぐ決意をしたのです。

 

(ちなみにようせいさんにも兄弟はいますが
隠岐や広島などで活躍されているらしく
旅館を継げる人はいませんでした。)

 

 

 

平田には現在では供給過多じゃないかと
思えるぐらい、宿泊施設が点在しています。
でも、昔はそのぐらい需要があったのです。

 

ようせいさんが旅館を継ぐ決心をした頃
持田屋の常連は土建業の人だったといいます。

 

だから旅人相手の宿というよりは
ガテンの合宿所的な雰囲気だったはず。

 

そんなところに若い女性が女将として
一人で働いていたら…不躾なことを
妄想する客がいても不思議ではありません。

 

それゆえ、ようせいさんは強くあろうとしました。
なめられてはいけない、という思いから
口は達者になり、喧嘩っ早くなります。

 

本来のようせいさんは結構繊細で
アイドル見てキャーキャー言うような
女の子っぽいところもあるんですけど
そういった面は全く出しませんでした。

 

女らしさを排除しないと、屈強な男たち相手に
旅館業などやっていけなかったのです。

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